もしも余命1年なら—医師と考える「尊厳のある死」とは【前編】
「余命があと1年です。やり残したこと、やりたいことは何ですか?」
今、もしそう問われたら、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。普段はなかなか向き合うことのない問いを、白い紙と鉛筆で書き出すところから、この日のイベントは始まりました。
2026年9月20日、大阪・豊能町で開かれた「尊厳のある死」をテーマにしたトークイベントには、400人近くが集まり、会場は満員に。地域医療や緩和ケアの最前線に立つ馬渡医師と関本医師、そして循環葬を運営する小池が、参加者とともに自分らしい最期のあり方について語り合いました。進行は、医療と介護の現場に長く携わってきた看護師で、日本尊厳死協会 関西支部理事の小宮さんです。
本記事では、それぞれの現場で出会った「最期」の話から、自分らしく生きることを見つめます。
最後まで仕事を。いつも通りの暮らしを

小宮(司会・日本尊厳死協会 関西支部理事):
冒頭の「余命1年」の問い、登壇者の皆さんはいかがでしょうか。
馬渡(医師):
もし1年だったら、僕は仕事を広げすぎたので、このままだと天国に行っても地獄に行っても浮かばれない。たぶん最後まで仕事をしていると思います。
関本(医師):
私は75歳で後期高齢者になり、保険証が変わったことをきっかけに考えたんですよ。めちゃくちゃショックでした。でも、これは考えないといけないなと気づかせてもらったんです。
そのときに、いわゆる「リビングウィル」って言うんですけども、自分がどのように生きたいか、どう過ごしたいかを書きました。「倒れたら徹底して治療してほしい。でも人工呼吸器につながれて意識のない状態が10日以上続いたら、外してほしい」。そう書いて娘に渡しました(※1)。
小池(循環葬運営 at FOREST代表):
今回の問いを聞いて考えたんですけど、私はいつも通りの生活ができたらいいなと思います。自分の家が好きなので、家を過ごしやすく整えることから始めて、自分らしい生活って何だろうと、もう一度考えるかもしれません。
※1 関本医師ご自身のリビングウィルの内容です。日本ではリビングウィルに法的な拘束力はありませんが、日本老年医学会「高齢者の人生の最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025」では、効果の判断に迷う治療を一定期間試み、本人の望む効果が得られない場合には緩和ケアを尽くしつつ終了する「time-limited trial(TLT)」の考え方が示されています。ただし、実際の判断は病状や状況によって異なり、希望どおりにならないこともあります。
余命1年の、前半の半年にできること

小宮:
お話の中で、「いつも通り」や、お仕事を頑張っておられる方々なので「仕事をそのまま」というキーワードが出てきました。でも、自分らしく、いつも通りって、いったい何なんでしょうね。普段は考えないですよね。
家族や仲間、職場など、それぞれに居場所がある中で、期限が限られてくると時間も減っていきます。1年の前半はどうか、最後のほうはどうか。もしアドバイスがあれば伺えますか。
関本:
私たち緩和ケアの関係者が大事にしているのは、その人らしさを支えることです。具体的には、その人が今一番大切に思っていることを、周りから支えていく。仕事や趣味、家族や友人、行事など、人によってさまざまです。
1年のうち、前半の半年は割といろいろできるんですよ。うちの息子(※2)も、後半はがんによる症状が出てきましたが、亡くなる1カ月前まで仕事をしていました。がんの方はできるんです。脳梗塞や神経難病になると、また状況は違ってきますけれど。でも後半の半年には、何かをするエネルギーはあまり残っていないかもしれません。

馬渡:
病院の医師に「半年」「1年」と言われても、ピンとこないのか、実際にはなかなか好きなことができない方が多いんです。どこかで、また元気になるんじゃないかという思いもあって、「もう少し元気になってからやります」と言う人が結構いる。
でも、元気がいつまで続くかはわからない。だから「温泉に行きたいなら、行っとき」と言っています。この間行ったのに今週も?と言われても、毎週でもいいから、と。
小池:
私たちのところにも、余命の宣告を受けた方が来られます。宣告を受けたからこそ、お葬式や相続、お墓と、まず決めておきたいことを決める。そのあとに、自分は何がしたかったのかを問うそうです。そこから趣味を始めたり、ずっと住みたいと思っていた場所へ引っ越したりする方もいました。
小宮:
思いって、常に変わりますよね。1カ月後に同じ意見かというと、また違ったりする。今3人にお聞きしていても、少し前に伺ったときとはちょっと違うところがありましたから。それは自然な流れでいいと思うんです。
なので、冒頭の問いにみなさんが書いてくださったものも、ずっとこれでいかなきゃ、と考える必要はありません。いつでも変わっていいものです。
※2 関本剛さん。緩和ケア医。がんと向き合いながら診療を続け、2022年に45歳で逝去。
思いを伝えていたから、叶えられたこと
小宮:
いろんな患者さんを見てこられた中で、こんなふうにできたらいいな、という例があれば聞かせていただけますか。
馬渡:
自分の意思をどれだけ家族に伝えているかが、すごく大事だと思いました。伝えておかないと、家族もその思いに向かって支えていけない。
思い出に残っているのは、末期がんで、明日亡くなってもおかしくない状態の方です。それでも、思い入れのある海外の島にどうしてももう一度行きたい、とおっしゃって。家族全員が了解していたのもあり、診断書を書いて送り出しました。移動中に亡くなるかもしれない、それでもいいという覚悟です。
その方は、目的地にたどり着く直前に亡くなったと聞いています。支えたご家族もすごいですよ。自分の思いを伝えて、家族がそれをきちんと理解していたからこそ、最期の意思を実現できたんだと思います。

関本:
40代後半の、末期がんの女性がいました。男の子が3人いて、「毎日汚れた洗濯物が山ほどあって、お弁当も大きいのをつくらないといけない。この生活が早く終わってほしいとずっと思っていた。でも入院した今は、あの生活が本当に懐かしい。もう一度あの生活がしたい。それだけが望みです」と。
残念ながら、彼女は家に帰れませんでした。当時は在宅で診てくださる医師がほとんどいなかったんです。本当は帰してあげたかった。だから私も、余命1年と言われたら、今まで通りの生活が1日でも長く続けられたらと思います。
小池:
私からは、見送ったご家族の話です。ご遺族が循環葬を決めて埋葬された方が、最後に「これは本当にお母さんが望んだかたちだったのかな」とぽろっとおっしゃったことがありました。聞いていなかったから、それが正解だったのかわからない、と。
反対に、生前に循環葬のことを聞いていたご家族は、「願いを叶えられてよかったね」と、とても晴れやかにお見送りされていました。自分の意思を家族に伝えておくことは、家族にとってもいいことなんだとあらためて思います。
死を考えることは、生き方を考えること

小宮:
私は看護師として、患者さんに「死」という言葉を出しづらく、「縁起でもない。そんな話しないで」と思ってしまうことがあります。でも死を考えるのは、どう生きていくかを考えていく話でもあると、3人のお話を聞いて思いました。そういうことを考えたことで、生き方が変わった方はいらっしゃいますか。
小池:
まさにさっきのお話のように、死を考えたからこそ、今までしてこなかったことを始めたり、家族への行動が少し変わったりする方がいます。なあなあになっていた家族関係が、密になって良かった、とおっしゃる方もいました。

関本:
病気になって家族関係がとても密になる方は、特にがんの末期の方に多いんです。ただ、本当にそこで密になってほしいんです。
ある男性は末期がんで、仕事も趣味も最後まで続けたいと、車椅子で頑張っておられました。そこへご家族が内緒で相談に来られて、「あんなに状態が悪いのに、会社に行っていいんですか」と。
それは、ご本人の希望をご家族が聞き取れていなかったということなんです。そこでご家族としっかりお話をして、受診のたびに一緒に来ていただき、つらい話もいい話も聞いてもらうようにしました。するとご家族の気持ちがすごく変わって、ご本人の気持ちや行動に寄り添えるようになったんです。
家族の中でしっかりご本人の気持ちを聞いてあげることは、すごく大事だと思います。
家族がいても、いなくても

小池:
最近私たちのところには、お一人さまの方や、パートナーを亡くされた方も多くいらっしゃいます。そういう方はどう自分の意思を伝えればいいのか、医師のお二人に聞いておきたいです。
関本:
親しいお友達もいるでしょうし、その存在はすごく大事だと思います。それでも、お一人の方はおられます。そのときは、お体が悪いのであれば、介護の方や訪問看護師さん、医師がそばに寄り添っていくかたちになるでしょうか。
小池:
看護師さんや医師に、最後はこういうふうにしたい、と伝えておくのが大切なんですね。
関本:
そうですね。そうしていただくのが一番、ご本人の気持ちに沿えるのかなと思います。
馬渡:
逆に、家族がいるから大丈夫かというと、そういう問題でもないんです。こうしたい、ああしたいと伝えても、「お父さん、それは無理やわ」と言われることもある。元気なうちに、息子や娘に話を聞いてもらえるうちに、きちんと説得しておくことが大事だと思います。
小宮:
信頼できる先生に伝えたり、家族との調整も含めて、ケアする人や関係者と話をしたり。とにかく対話の時間が必要、ということですね。
余命1年と聞いて思い浮かぶのは、特別なことではなく、「いつも通り」の暮らしなのかもしれません。その願いを叶えるために欠かせないのが、自分の思いを身近な人に伝えておくこと。家族はもちろん、友人や、信頼できる医師や看護師も、その相手になります。
死を考えることは、生き方を考えること。そして、大切な人との関係を見つめ直すことでもあります。思いは変わってもいい。だからこそ、今の気持ちを言葉にして、話してみることから始めてみませんか。
後編では、自分の思いをどう伝えていくか、そして家族の思いと本人の望みがすれ違うときのことについて、対話が続きます。
プロフィール

(写真左から、小宮さん、小池、関本医師、馬渡医師)
関本雅子
緩和ケア医師。神戸大学医学部附属病院、神戸労災病院麻酔科を経て1994年六甲病院緩和ケア病棟(ホスピス)医長に。2001年関本クリニックを開院。2022年、緩和ケア医の息子・関本剛さんの看取りを経験。現在も緩和ケア医としてクリニックで勤務しながら、宗教者が多く入所しているサービス付き高齢者向け住宅で終末期に寄り添う医療に従事している。
馬渡秀徳
内科開業医。公立学校共済組合近畿中央病院(内科)、国立療養所近畿中央病院(内科)などで勤務。2004年、大阪大学大学院医学系研究科に進学。2005年、同研究科中退後、大阪府豊能郡豊能町にて「まわたり内科」を開院。開院直後から、訪問診療にも力を入れる。最近は特別養護老人ホームの診察にも関わっており、高齢者の外来診療、在宅医療に多く関わっている。
小池友紀
循環葬 運営会社at FOREST代表。両親のお墓の引越しをきっかけに、死と森林保全を掛け合わせた森林埋葬「循環葬 RETURN TO NATURE」を創案し、2022年at FOREST(神戸市)を設立。2024年Forbes JAPAN「RISING STAR AWARD 2024」受賞。現在、大阪/能勢妙見山と千葉/真野寺の2拠点で循環葬の森を展開。
小宮悦子
公益財団法人日本尊厳死協会 関西支部理事、株式会社フリーステーション代表取締役。看護師・介護支援専門員・日本抗加齢医学会認定指導士。企業系総合病院勤務を経て1993年に在宅介護の仕事へ転職。2001年に起業し、現在は訪問看護ステーション・ケアプランセンターに加え企業の健康管理などを行っている。
文:南澤悠佳
写真:Ayaka Hirokawa