山や葉っぱの一部になれたら。その方が、よほど価値がある
S.Mさま ご契約プラン:循環葬(ご夫婦の生前契約)
ご自身の最期を考えた〝きっかけ〟を教えてください。
- S.Mさま :
- 50代半ば頃で年下の後輩が病気で急にとか、身近な方が亡くなることが多くなって。それで「死ぬっちゅうこともあるなぁ」と再認識したんです。
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- さらに60歳ぐらいのときに、生まれつきあった頭のあざが妙に痛くなって、念のためにと検査をしたら、癌だったとわかりました。
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- いまは、定期的な通院の必要はなくなったのですが、命拾いした、と思ったんですよね。

お墓について、どんな考えをお持ちでしたか。
- S.Mさま :
- 私は次男なので、自分が将来入るお墓をどうしようかということは、以前から考えていました。
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- 父が建てたお墓は、兄の家の近くにあります。でも兄の子どもは娘さんだけなので、将来墓じまいをするかもしれない。一方で、自分でお墓をもつにも息子の好みもあるでしょうし。どうしようかという思いがありました。
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- そんななか、ある広告で里山再生の樹木葬を知ったんです。「自然に還る」という考え方に惹かれたのですが、気軽に足を運べる距離ではなくて。
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- それで、関西圏で同じような考えのお墓があればと思っていたら。たまたまウェブの記事で循環葬を知り、「あるやん」って思ったんです。妻にもなんとなく、こういうのがいいなという話はしていました。
パートナーの方も、最初から循環葬にご興味をお持ちだったのでしょうか?
- S.Mさま :
- 実は妻は最初、「私の骨はダイヤにしてほしい」なんて言っていたんです。でも、一緒に見学へ行ってみたら、すっかり気に入ってしまって。
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- 地面の下で菌糸がネットワークをつくり、昔から続くブナの森とひと繋がりになっているという話を聞いて、そういう自然の「ロマン」に惹かれたようです。「私もここにしようかな」と、夫婦で一緒に決めることができました。

なぜ循環葬に行き着いたのか、これまでの人生を振り返って思い当たることはありますか?
- S.Mさま :
- 登山をはじめて5年ほどです。60歳を目前に、思い残しがないようにと考えていた時に、富士登山のツアー広告を目にしたのがきっかけでした。
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- それで、自然に還るのはいいなと思っているなかで、登山でもその考えに重なるような感覚があって。山に登って人里まで降り、ふと後ろを振り返るとね、「この地で育った人には、この山が故郷で、懐かしい存在だろうな」と思うんです。
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- お墓を建てても、50年もすれば私を知る人はほとんどいなくなるでしょう。でも、こういう場所で山の一部になって、葉っぱの一枚にでもなれたら。そこで生まれ育った人にとっては、その山が故郷で、懐かしく思ってもらえる。その方が、よほど価値があると思いました。
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- これは個人的な考えですが……身体は「この世に魂がある間の入れ物」であって、借りものだと思うのです。だから、役目を終えたらお返しするのが、自然な気がしていて。 それが山の再生に繋がるのなら、良い選択肢だと思っています。

これから最期を考える人へどんな声をかけますか。
- S.Mさま :
- 「自分が自然に還ることで、山を豊かにする手助けができる。そんな選択肢もありますよ」と、伝えたいですね。
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- 娘が森林学校に通ったことがあって、そこで私もブナのことを教わったんですね。木材としては「使い道が無い」ことが由来で、「木偏に無い」という漢字があてられた。けれど、ブナを含めたさまざまな木が生えれば、山や森の健やかさにつながるそうです。
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- 以前、仕事でおもちゃのデザインをしたときに、ブナを使いました。小さい子が触るならと、高級感がある材ではなく、ブナの持つあたたかみを採用したんです。
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- どんなものでも、不必要なんてことはないですよね。何らかの役割があるんだと思うんです。

循環葬という選択を経て、これからの人生をどのように過ごしていきたいですか。
- S.Mさま :
- 私ね、楽器に自信はないのですが、音楽をなんにもせんのは勿体ないと思って、最近ヴェノーヴァという楽器に興味を持っています。ダメ元でも良いから挑戦してみたいなと。
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- 自分の可能性を確かめるのが楽しいと思うんです。「できるの?こんなこと。いや、無理や、いや、できるかも」って感じでね。そうやって自分にドキドキできるのはいいですよね。
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- 最期を決めなければという心配もなくなりましたし、もう楽しむだけ楽しもうと。あとは、最期「あぁ、面白かった」と終えるのみ、と思っています。
