読むこと、食べることを分かち合い、思考がひらく—TOGO BOOKS nomadik|能勢
本を読むことと、食べること。
一見すると別々のようでいて、ふたつの営みが自然に行き来する場所があります。
能勢町の象徴「野間の大けやき」から、田んぼの風景を眺めながら少し歩くと、能勢妙見山を正面に望む日本家屋が見えてきます。瓦屋根に大きなガラス窓をもつその家が、「<本と食のあり合う場所>TOGO BOOKS nomadik」(以下、nomadik)です。
店内にはさまざまな本が並び、大きなガラス窓からはやわらかな光が差し込む。どこか凛としていて、それでいて包み込まれるような空気が漂います。
訪れる人は料理を味わい、静かに本をめくり、ときに言葉を交わします。読書会や小さな集いが開かれることもあり、カフェのようでいて、それだけではない場所です。




本と食が「あり合う」ことで生まれる関係
「端的に言えばブックカフェなんです。でも……カフェっていうのは、ある意味“仮面”なんですよね。僕としては“本”を最初に掲げたかったんです」
そう話すのは、この場所を営む大谷さん。
業態としては飲食が主体に見えるかもしれませんが、ここでは「本」と「食」という順番を大切にしているといいます。
とはいえ、この店を訪れる人の多くは、必ずしも本を読みに来るわけではありません。それでも、本棚のある空間に身を置くことで、ふとした出会いが生まれます。
「食があることで、本を読まない人もここに来られる。本を求めて来た人も、また別の出会いがある。本があることで、ただ食事をするだけではないコミュニケーションや、何かを感じ、考える体験が生まれる。本と食は、人と社会をつなぐための『触媒』のようなものなんです」
暮らしの奥行きをひらく

店内に並ぶのは、”呼吸が深くなる”ような本たち。星や土、川、農、食といった自然や暮らしに関わるテーマの本が多いものの、明確なテーマやジャンルを基準としているわけではありません。
たとえば、ナチスの「飢餓計画」を扱った『食権力の現代史』や、『ユダヤ人の歴史-古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』。食や暮らしの背後にある歴史や社会の構造に目を向ける本も、さりげなく置かれています。

「本をセレクトして置いていくのは、料理を盛り付けるときと似ているんです。食材を置いていくときに、『あ、これはここにハマるな』っていう感覚に近いと思います。本も同じで、この場所に居心地よく収まるもの、”いい顔”をしているものを配置しています」
同じ本でも、駅の書店で輝いている本もあれば、この土地の空気の中で生き生きとする本もある。そうした違いを感じることもまた、「この土地ならではの時間」を味わうことなのかもしれません。
食を通じて、この土地の時間を味わう


料理にも、この土地の時間が流れています。
nomadikの料理には、米や麹など発酵の力を生かしたものが多く並びます。
きっかけは、東郷地区の地域イベントで料理を依頼されたときのこと。この土地の食文化を考えたとき、大谷さんが思い至ったのが発酵食品でした。
「野菜も豊富ですが、もっと長い時間軸で見たときに浮かんできたのが、米と発酵でした。酒粕、味噌、麹。中山間地で暮らす人々が長く食べてきた保存の知恵です」

近くで育ててもらったお米を米麹にして、そこから甘酒をつくり、塩麹や醤油麹を仕込み、米粉でお菓子を焼く。
「地産地消を強く掲げているわけではないんです。でも、ここで食べてしっくりくるものって何だろうと考えたとき、自然と米と発酵にたどり着きました。懐かしいとか、安心するとか、そういう感覚を大事にしています」
特別な料理というより、毎日食べても飽きないようなもの。
菌の働きを受け取りながら料理をつくることもまた、人と自然の関係を考える営みです。
それぞれの感じ方が、同じ場にある

大谷さんは、最近強く影響を受けた概念として「感性術(エステティック)」という言葉を挙げます。従来、エステティックは「美学」と訳され、美の基準を探求する学問として捉えられてきました。けれどもそれを、人それぞれが持つ「感じ方の作法=感性術」として捉え直す考え方です。
「美学っていうと、どこか上から決められた基準のように感じるんですけど、感性術という言葉で考えると、みんながそれぞれ持っている感じ方の作法として捉えられるんです。
同じ料理を食べても、同じ本を読んでも、感じ方は人によって違う。それは正しいとか間違いとかではなく、その人の感覚がそう働いたというだけのこと。
自分と異なる考えの人がいたとしても、それは感性術の摩擦が起きているだけだと思えば、世界をもう少しフラットに見られる気がするんです」

その視点は人間だけに向けられているものではありません。人間も、虫も、菌も、それぞれ異なる感性術のもとに、同じ場に存在しています。
「各々がそこに存在し、上下関係や支配関係を持たずにあるような場のあり方も含めて、イタリア語では『テリトーリオ』と表現します。英語の『テリトリー』に近い言葉ですが、境界で区切られた場所というよりも、故郷のような感覚に近いものです。
そこには、風景や食、文化、人とのつながりなどが含まれています。そうした場のあり方を踏まえ、ここでは本と食を通じてこの場所をひらいていく。その先に、能勢という土地とのつながりが生まれるのではないか。そんな思いがあります」
排除するのではなく、あり合うこと。
nomadikが掲げる「本と食のあり合う場所」という言葉の奥には、異なるもの同士を無理に混ぜたり、コントロールしきれない自然や他者を排除したりするのではなく、同じ場に、そのまま居合わせられるような姿勢が息づいています。
暮らしのなかで、学びがひらかれていく

もともと、nomadikの始まりは、妻の愛さんの実家が能勢町にあったことでした。ここで暮らし、子育てをしたい。そんな思いが、最初のきっかけだったといいます。
「お店をやりたいというより、まずここで暮らしたいという思いがあったんです。この周辺の環境や、ずっとここを通ってきた人々にとって、受け入れられる場所でありたいと思いました」
お店は単なるビジネスの場ではなく、暮らしの延長線上にあるもの。だからこそ、消費して終わるような空間ではなく、長く続く関係性を築ける場所として、長い時間軸で考える。
読書会や上映会、ワークショップなどを開いているのも、この場所が「地域の学び舎」のようになれたら、という思いもあります。

「座学だけが学びではないと思うんです。ここに住んでいると、食文化もそうですし、この土地で生きていくための知恵や技術がたくさんある。外に出て自然の中で学ぶことも、本当に多いんですよね。
本を読んで考えることもあれば、外に出て体で感じることもある。そういう内と外を行き来しながら、人は感じ、考え、学んでいく。さまざまな経験が、この土地や環境と結びつきながらひらかれているように感じられます」
本を読み、食べ、話し、外に出て体を動かす。
その行き来のなかで、私たちの世界の見え方は、少しずつ変わっていくのかもしれません。


プロフィール

大谷政弘
大阪・能勢町の「本と食のあり合う場所 TOGO BOOKS nomadik」店主。本と食を通じて、人が出会い、考え、経験を分かち合う場を営む。2017年、野間の大けやき近くで、妻・愛さんとともにお弁当とお総菜のテイクアウト・デリバリーの店「nomadik」をオープン。その後、多様な文化的コミュニケーションが生まれる場を目指し、2021年に「〈本と食のあり合う場所〉TOGO BOOKS nomadik」としてオープン。料理は政弘さん、焼き菓子やドリンクは愛さんが主に担当する。
TOGO BOOKS nomadik
住所 大阪府豊能郡能勢町野間稲地433-2(📍Google Mapでみる)
営業日時 木・金・土・日 11:30〜16:00(LO15:30)、フードは11:30〜14:00(LO13:30)
ウェブサイト https://www.instagram.com/nose_nomadik/
文:南澤悠佳
写真:Ayaka Hirokawa