後編|「痕跡を残さない美学」 トークセッションレポート
私たちは後世に何を残し、何を残さないことを選ぶのか。
2025年2月15日、循環葬®︎「RETURN TO NATURE」主催のトークセッション「痕跡を残さない美学」がGRAND GREEN OSAKA(大阪市北区)のJAM BASEで開催された。
登壇者は3名。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leadersにも選出され、寺を持たない僧侶として多方面で活躍する松本紹圭さん。アウトドア活動における環境教育を推進するLeave No Trace常任理事・栗原亜弥さん。そして、死と森林整備を繋げる循環葬®︎「RETURN TO NATURE」を手掛けるat FOREST代表・小池友紀。
「痕跡を残さない」というキーワードから社会を問い直すトークセッションの様子を前編、後編に分けてレポートする。
「よき祖先」という視点が今の生を照らし返す
- 小池 :
- 栗原さんが常任理事を務めるLNTは自然保護や森林保全を活動の軸とされていますが、「保護」「保全」という言葉に、どちらもすごく大きな言葉ですよね。ご自身はどんな風に向き合っているのでしょうか。
- 栗原 :
- そこは正直、ずっと違和感がありました。自然保護も森林保全も大事、表向きの自分はそれを理解しています。でも、その大きな目的だけのために活動を継続的に続けられるかというとやっぱり難しい。1、2回が限度です。 ただ、自分がよく遊びに行く山や海にゴミが落ちていたり、植物が踏み潰されていたりするのを見るとすごく悲しくなるんですね。自分はそれが嫌だし悲しいという理由から、ゴミを拾う。そういう小さな動機のほうが、自然保護の活動は案外続けられる。だからその前提に立った上で、自分の都合で考えて行動するのもいいんじゃないかな、と今は思っています。
- 小池 :
- その気持ちは私もすごく理解できます。私たちは木にはなれないけど、木の仲間にはなれるかもしれない。循環葬®︎「RETURN TO NATURE」もそんな感覚を大切にしながら、100年、200年という時間軸で森づくりについて考えながら活動しています。
- 松本 :
- ノンヒューマン、人間以外の動植物に目を向けるという在り方は空間的な広がりとも言えますが、時間軸に置き換えるとまた別の視点が持てるかもしれませんね。 私が数年前に翻訳した『グッド・アンセスター わたしたちはよき「祖先」になれるか』(ローマン・クルツナリック:著/あすなろ書房)という本に紹介されているのですが、「フューチャー・デザイン」という面白いワークショップがあります。 そこでは過去の先祖チームと、これから生まれてくる未来人チームに分かれて、それぞれの視点でまちづくりや政策について考えるんですね。大切な意思決定をするときに、今この場にいる人たちだけではなく、過去や未来の意思も大切にする。つまり長期思考を持つことの重要性がわかるワークショップなのですが、実は日本の文化や習慣では長期思考的な営みが意外と残り続けているように私は感じているんです。

- 小池 :
- ご先祖さまに手を合わせる供養の文化も、そうした仕組みのひとつかもしれませんね。
- 松本 :
- ええ。お仏壇に亡き方の写真を飾り、そこに向かって手を合わせているとき、私たちの中には「いずれ自分もそちら側に行くんだ」という感覚が多かれ少なかれ無意識的にあるように思うんです。お葬式もそうです。誰かを見送ると同時に、未来の自分の死とも向き合う。
- 小池 :
- 私たちは過去を見ながら、同時に未来を見ている。循環葬®︎の現場でも、御夫婦で契約された男性が奥様をお見送りしたときに、「僕もいつかそこに行くからね」と話しかけられていたんですよ。埋葬は、過去と未来をつなぐ営みとも言えるのかもしれません。栗原さんは、お墓についてはどんなお考えがありますか。
- 栗原 :
- 私は20代前半のときに父親が亡くなったのですが、遺骨はすべて海に撒きました。
- 小池 :
- それはお父さんのご希望で?
- 栗原 :
- いえ、本人には聞けなかったのでわかりませんが、父も含め家族皆が自然が好きなこと、それから女性しかいない家系なので「繋げていく」負担が大変だろうなという考えからです。だから、思い出は心の中だけにして、モノは残さない。
- 小池 :
- 循環葬®︎を契約される方も、同じように考えられる方が多い印象を受けますね。松本さんはヒューマン・コンポスティング(人の遺体を堆肥化して自然に還す埋葬法)に興味をお持ちだとnoteに書かれていましたが、なぜでしょう。
- 松本 :
- 日本でも最近ようやく、死にまつわる選択肢が少しずつ広がってきましたよね。お墓の形式も多様化してきています。それでも、埋葬に関しては火葬一択であり、私自身も「お葬式があれば火葬場に行き、お経をあげる」という僧侶としての自分の役割に疑問を考えたこともありませんでした。 ところが、あるとき「火葬って環境に負荷をかけているのでは?」と問われてハッとしました。言われてみればその通りだけれども、自分はそこに一度も疑問を持ったことがなかった。「それしか方法はない」と思い込んでいたんです。じゃあ、火葬以外にどんな方法があるのだろうと調べて知ったのがヒューマン・コンポスティングであり、その流れで循環葬®︎にも出合いました。 埋葬に関しては各国それぞれに事情がありますが、それでも選択肢があるかないかは大きい。選択肢が1つでも増えれば、想像力は膨らみますし、それによって生き方までも変わるからです。 ヒューマン・コンポスティングについて話していたとき、ある女性が「どうせ土に還るのなら、私はせっかくだからいい土になりたい。それが選択できるようになれば、今から食生活に気を付けて、もっと健康的でオーガニックなものを食べて生きていこうと思います」と感想を述べられたことがありました。面白いですよね。いずれ迎える死を通じて、自分が未来にとって「よき祖先」になれるかという問いが生まれ、それが今の自分の生を照らし返してくる。
生の証を残すか残さないか、決めるのは誰か
- 栗原 :
- 一連のお話を聞いていて、「失われた30年」と呼ばれてきたここまでの時代を、私たちはあまりにも自分の頭で考えてこなさすぎたのでは、と感じました。痕跡を残すか、残さないかについて話し合うだけでも、思考が刺激されるきっかけになりますね。

- 小池 :
- 本当にそうですね。今回のテーマは「痕跡を残さない美学」ですが、もちろん「残す」という選択肢も尊重すべきであって、どちらにするかを自分で考えて選べることが一番大切だと私たちも思っています。ただ、現状はその選択肢がない。
- 松本 :
- そういえば、今年のダボス会議では台湾の元デジタル担当大臣であるオードリー・タンさんと一対一でじっくり対話する機会をいただけたのですが、そのときに「この人は本当に痕跡を残さない人だな」と強く感じたことを思い出しました。 オードリーさんと話していると、まるで菩薩のようにエゴの痕跡がまったく感じられないんですよ。思わず本人に「エゴって、ないんですか?」と尋ねたら、「ないです」と即答されてしまって(笑)。その理由を聞いてさらに驚きました。オードリーさんは、「自分は朝起きたときに生まれ、夜寝るときに死ぬ」と言う感覚を持っているそうなんですね。だから昨日の後悔も明日の不安もなく、今だけを生きている。どこか動物的でもあり、同時に仏教的でもあるように感じられました。 オードリーさんにとっては「今ここにいる場所」が自分の居場所になる。そんな感覚で生きていることが言葉の端々から伝わってきましたし、そういう時間の捉え方があるのか、と驚きました。
- 栗原 :
- 実は私も、痕跡を残さない生き方を大事にしています。例えば、ビジネスも始めた時点ですでにどうやめるのかを考えています。その時代、その時期にあわせた仕事やサービスを作り、きちんと次の人たちに渡せるように努力はしますが、そこに私の名前や思想は残さない。次につなげていくことを考えたときに、前任者の足跡が強く残りすぎているとじどうしても邪魔になるからです。自分の役目は終わったなと思えたら、一個人としての足跡は絶対に残さない形で一瞬で去っていけるよう常に心がけています。
- 小池 :
- かっこいい(笑)。それは後世に残すべき遺産と、残すべきではないものをご自身で判断をされているということですね。

- 松本 :
- それで言えば、私はビジネス世界における戦争用語を終わらせたいという思いがありますね。ビジネス用語って「戦略」「キャンペーン」「ワークフォース」のような戦争・軍隊由来の言葉が実はすごく多いんですよ。ビジネスの場で無意識的にこれらの言葉が使われ続けることは、人類の集合意識にも影響していると感じます。若い世代が感覚的に次のパラダイムに移りつつあるのに、言葉だけが「戦争的」価値観を引きずっている。この現状を見直して、ビジネスを平和的に語れる新しい言葉を育てていきたいですね。 おそらく私たち人類は、「成長」とは何かを問い直す時期に来ているのかもしれません。空海は「欲」を否定するのではなく、「小さな欲(私利私欲)」から「大きな欲(共に生きるための願い)」へと広げていくことの大切さを説いています。欲そのものを悪とせず、その向け先を変えていこうという発想ですね。時代にあわせて「成長」の中身を再定義する柔軟さが、これからの時代にはますます重要になると感じています。
- 小池 :
- ありがとうございます。最後に今回のセッションの感想をお二人にいただいて終わりにしたいと思います。
- 栗原 :
- 「痕跡を残さない美学」というテーマを聞いたときは、正直なところどんなトークになるのか予想がつきませんでした。ですが、お二人のご意見や参加者の皆さんからのご質問をお聞きして、私自身もあらためて自然との向き合い方、ビジネスの作り方について考えさせられました。良い学びの時間をありがとうございました。
- 松本 :
- “RETURN TO NATURE”、自分が亡くなったらどこへ還るのか。そのことについて各々考える人たちが、今日こうして一緒の時間を過ごせたこと自体が私はすでに素晴らしいことだと思っています。と同時に、都市そのもののRETURN TO NATURE志向も近年は強まっている、つまり我々人類はそちらの方向に向かっているんだなとも実感できましたね。
- 小池 :
- 私も今日のトークセッションを通じて、「痕跡を残さない」生き方の選択肢のひとつとして循環葬®︎「RETURN TO NATURE」を捉え直すことができました。皆さん、本日はありがとうございました。
文:阿部花恵