循環葬が始まって3年、能勢妙見山副住職・植田観肇さんと振り返る

循環葬の森

2023年6月30日。
大阪・能勢妙見山にて、国内で初めてとなる循環葬®︎「RETURN TO NATURE」が始まりました。

墓標を持たず、ご遺骨を森の土へと還す。その新しい埋葬の仕組みを社会にひらき、森を育て、自然と人の関係を未来へとつないでいくこの挑戦も、3年の月日を重ねました。

この新しい歩みは、人々にどのように受け止められ、何を変えてきたのでしょうか。始まりから3年を一つの節目に、能勢妙見山という場所だからこそ紡ぐことができた物語と、変化のプロセス、その先に見据えている景色を、能勢妙見山の副住職・植田観肇さんの言葉とともに辿ります。

不安から信頼へ。変わりゆくお寺の景色

「あっという間の3年間でした。実際のところ、もう3年も経ったのかという感覚です。長いようで、短いですね」

「3年を振り返ってみて、いかがですか」。その問いに、率直な感想を語る観肇さん。循環葬という前例のない取り組みを始めるにあたり、当初はお寺の内部に戸惑いがあったといいます。

「私自身に迷いはなかったものの、お寺のスタッフからすれば『何が起こるか分からない不安』を抱えていたのではと思います。お寺の敷地を使って、よく知らない外部の企業と共に、新しいことを始めるわけですから。それでも、『とりあえず副住職を信じて、やってみましょうか』と、みんなついてきてくださったんだと思うんです」

お寺のスタッフさんたちからの疑問や不安に対し、真摯に応え続けていった小池と正木。顔を合わせるたびに、たわいもない会話を交わすことで、お互いの人柄も知っていきました。こうした小さな積み重ねから、不安は少しずつ「信頼」へと変わっていきました。

「3年という時間をかけて、一番大きく変わったのは、信頼関係じゃないでしょうか。それがないと、やはり心もとないですから。関係を築く中で、『循環葬とはこういうものなんだ』『これを必要としている人がいるんだ』ということが、スタッフの中にも腹落ちしてきたように思います」

地域の方々からも、大きな反発はなかったといいます。その背景には、能勢という土地の歴史がありました。

かつて能勢には、ご遺体を埋葬する「いけ墓(埋め墓)」と、お参りをするための「詣り墓」を分ける風習がありました。埋め墓には、墓標を立てない地域もあったといいます。墓標を持たない循環葬は、この土地にとってまったく未知のものではなく、むしろ昔ながらの埋葬のかたちに通じていたのです。

「『何か新しいことを始めたんだね』という程度の受け止め方が多くて、忌避感のようなものはありませんでしたね」

寺院と企業が協業するということ

写真左から、正木、観肇さん、小池。取り組みが評価され、2025年度グッドデザイン賞を受賞

その土地の「歴史と祈り」を担う寺院と、循環葬という「新しいサービスの構築と文化形成」を担う企業。それぞれの得意なところで手を組むという役割分担は、これからのお寺が長く続いていくための、新しい支えにもなりはじめています。

「立ち上げの頃は慌ただしかったですが、いざ始まってみると、思っていたよりもスムーズに進んでいきました。運営の多くをat FORESTさんが担っていることで、お寺としては『どんと構えていられた』のはありがたかったですね。

このような地方のお寺に関わってくださる方は、日本の人口減とともに、少しずつ減ってきています。その分、私たちの体制も縮小せざるを得ない。新しい事業を立ち上げる人を抱えるのは、やはり負担になります。それに、お坊さんは必ずしも経営のプロではありませんから」

ゼロがイチとなり、心の拠り所へ

循環葬の契約者の多くは、これまでお寺や伝統的な仏教と接点がなかった人々です。しかしこの3年で、そうした方々がお盆やお彼岸に先祖供養をお申し込みになる姿も見られるようになりました。

「ゼロがイチになった。これまでご縁のなかった方々と関係を築けることは、ものすごく大きなことだと思っています」

もともと能勢妙見山に親しんでいた方が契約するケースでは、「最期の場所」を決めたことで、心がすっと整ったように見える人もいるといいます。

人生の終い方を考えることが、今をどう生きるかを照らしてくれる。そんな葬送のかたちを提案できたことの意味を、観肇さんは手応えとして感じていました。

「お墓」という負い目から、自由に選べる世の中へ

こうした営みの先に、観肇さんがまなざしを向けているのは、「お墓に対する負い目」を抱える人たちのことです。社会の仕組みの変化によって維持が難しくなった「お墓」の存在が、かえって人々の心を縛り付けている現状。循環葬は管理や継承を必要としないことから、人々が何の負い目も感じずにフラットに選べる新しい選択肢となることを期待するといいます。

「実家から離れて暮らしていたり、継ぐ人がいなかったり。お参りや掃除ができないことに申し訳なさを感じている人が、この十年、二十年でとても増えているように感じます。私自身、お墓じまいを経験したからこそ、その気持ちはとてもよく分かるんです。

仏教的には、ご先祖様の供養にお墓は必ずしも必要ではないんです。それなのに、仏教ではない『常識』が、その人を縛ってしまっている。そもそも、葬送に関しては、日本では多様性が少ないと感じています。

循環葬が当たり前の選択肢になって、お墓や納骨堂、海洋散骨、循環葬と、フラットに語り合うことができ、自分の望むかたちを選べる。そういう世の中になってほしいんです」

一方で、循環葬には墓標がないからこそ、契約して終わりではなく、その後もゆるやかに関わりつづけられる機会が必要、とも語ります。能勢の土地に根付いていた「詣り墓」にあたるような関わりを、循環葬にもつくっていけないか——観肇さんはそう考えています。

そこから、今後は現在運行を始めたばかりのフォレストメイト(ご契約者さま)向けの無料送迎バスや、森の歴史を学ぶ機会などを通じて、関係人口を育んでいくことが次のステップとして見えてきました。

観肇さんのガイドで歩いた、2024年秋のブナ林トレイル。循環葬では、人と森をつなぐ入り口として、こうした学びの機会を広げていく

100年後、そして500年後の森へ

妙見山のブナ林。標高の低いブナ林としては日本の南限とされ、大阪府の天然記念物に指定されている。写真提供/能勢妙見山

妙見山は戦国時代に山城として使われていた歴史があります。見通しのために木を切るのが常の山城にあって、ブナ林が能勢妙見山の境内にあったことから聖域とされ、伐採が禁じられてきました。人里に近いながらも、ブナが手つかずのまま残っているのは、この地の信仰のおかげだと考えられています。

「私たちは妙見山の森に守られ、私たちも森を守っていく。それが、この土地の歴史や文化を伝えることにつながるんです」

循環葬を通じて寺院と企業が協業し、森を守りながら、人々の弔いの場を紡いでいく。それは偶然のように見えて、どこか必然のように、この場所が紡いできた時間の先につながっていました。

「100年なんて、森にとっては一瞬ですよ。だから、100年後のことは心配していません。むしろ見据えているのは、500年先、1000年先のこと。気候などの環境がガラッと変わったとしても、多様性のある森が残り、人がそこへ邪魔しないようにうまく溶け込み、共存してほしいですね」

その長い道のりの、確かな第一歩も見えはじめています。今、日本の森は各地で鹿の食害に悩まされていて、ブナ林を中心とする妙見山も例外ではありません。けれど、寄付によって設けた柵で一角を守ると、森は驚くほどの回復力を見せたのです。

「柵で囲うだけで、ブナだけでなく、ササユリやトチバニンジンといった在来種も芽吹いてきました。種が、土の中で眠っていたんです。一年、三年と守るだけで、まだこの森は自ら回復していく力がある。そこに、すごく希望を感じました」

その選択は、間違っていなかった

「3年前の自分に声をかけるとしたら?」。最後にそう尋ねると、観肇さんは少し間を置いて、こう答えてくれました。

「『その選択は、間違っていなかった』と伝えたいですね」

期待と不安が入り混じったワクワクとともに迎えた、3年前のオープニングレセプション。あの日からの道のりを思い返しての言葉でした。

「循環葬は小池さん、正木さんと話し合いを重ね、『大丈夫そうだ』と思えたから、スタートしました。だから、特に心配もしていなくて、予定どおりという感じなんです。ベースはもうできている。だからこそ、もう一歩、二歩、踏み込んで、今後何ができるかを考えたいですね」

50名以上の人が参加してくれたオープニングレセプションの様子

お寺という場所を、少しでも長く続けていくこと。それが、多様な背景を持つ人が気楽に集える場を守り、一人ひとりの安心へとつながっていく。

私たちの身体は、いつか土に還っていく。けれど、人と森の関係は、これからも続いていく。

墓標のない森から、100年後の、そのまた先の森へ。能勢妙見山からはじまった新しい循環の物語は、今、芽吹いたばかりです。

プロフィール

植田観肇

日蓮宗霊場 能勢妙見山 真如寺 副住職
能勢妙見山ブナ守の会 事務局長
京都嵐山妙林寺 住職

国内大手電機メーカーを退社後、世界三大荒行堂の一つといわれる日蓮宗大荒行堂に入行、寒一百日間の結界修行を4度成満。北摂で唯一、妙見山にのみ一万年前から残るブナ林を守る「能勢妙見山ブナ守の会」創設メンバーの一人。ほか、「のせでんアートライン」でアーティストが芸能を奉納する「能勢妙見山芸能上達プロジェクト」、ベトナムのカカオ農家を児童労働やアンフェアなトレードから守る「能勢妙見山チョコレートプロジェクト」など、幅広い活動を行う。


文:南澤悠佳
写真:Ayaka Hirokawa