前編|「痕跡を残さない美学」 トークセッションレポート
私たちは後世に何を残し、何を残さないことを選ぶのか。
2025年2月15日、循環葬®︎「RETURN TO NATURE」主催のトークセッション「痕跡を残さない美学」がGRAND GREEN OSAKA(大阪市北区)のJAM BASEで開催された。
登壇者は3名。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leadersにも選出され、寺を持たない僧侶として多方面で活躍する松本紹圭さん。アウトドア活動における環境教育を推進するLeave No Trace常任理事・栗原亜弥さん。そして、死と森林整備を繋げる循環葬®︎「RETURN TO NATURE」を手掛けるat FOREST代表・小池友紀。
「痕跡を残さない」というキーワードから社会を問い直すトークセッションの様子を前編、後編に分けてレポートする。
登壇者プロフィール
松本紹圭(僧侶/Ancestorist)
はたらく人や組織のウェルビーイングを支える「産業僧」として日米で活動。ヒューマン・コンポスティングにも早くから注目、世界の動きを伝えてきた。浄土真宗本願寺派僧侶。株式会社Interbeing代表取締役。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leaders。武蔵野大学客員教授。未来の住職塾代表。東京大学哲学科卒、インド商科大学院(ISB)MBA。著書『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』は世界17ヶ国語以上で翻訳出版。翻訳書に『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』。noteマガジン「松本紹圭の方丈庵」発行。ポッドキャスト「Temple Morning Radio」は平日朝6時に配信中。Forbes JAPAN2023年6月号で、「いま注目すべき「世界を救う希望」100人」に選出。
栗原亜弥(Leave No Trace常任理事)
Leave No Trace常任理事。アウトドア専門IT企業の(株)スペースキーで、登山WEBメディア「YAMA HACK」創刊編集長、アウトドア専門の求人サービス責任者等を経て、キャンプ場開発運営会社(株)Recampの設立に参画。キャンプ場の開発運営業務を経て、現在は日本国内のバイオマス資源を活用した木質バイオマスエネルギー開発運営会社のフォレストエナジー(株)でコーポレートデザイン部長として勤務しながら、Leave No Trace常任理事として活動。
小池友紀(at FOREST 代表取締役CEO)
アパレル業界を経て広告クリエイティブの世界に入り、フリーランスのコピーライターとして15年活動。ホテル、メーカー、子ども園など様々な企業・団体の課題と向き合い、コピーライティング、コンセプトメイキングを手がける。先輩や祖父母の死、両親の改葬(お墓の引越し)をきっかけに、「死」の選択肢について考えはじめ、死と森づくりを掛け合わせた「循環葬 RETURN TO NATURE」を創案。
「ゼロで死ぬ」時代の価値観と向き合う
- 小池 :
- 今日はお集まりいただきありがとうございます。まずは、お二方から簡単な自己紹介をお願いできますか。
- 松本 :
- 僧侶の松本紹圭と申します。北海道生まれで、父方はものづくりの企業、母方の実家はお寺ですが私はその跡継ぎというわけでもなく、どちらの家業を継ぐこともなく、大学に進学して西洋哲学を学びました。その後、同級生が就職活動をするタイミングで僧侶になろうと決意。以来、22年間を僧侶としてやってきております。 僧侶といっても私の場合はお寺を持ちませんので、法事でお経を読むことよりも、考えたり書いたり話したりする活動を中心にやってきております。浄土真宗の開祖・親鸞も、お寺で書き物をしたり教えを広めたりしていたわけですから、そういう意味では近いのかもしれませんね。私も自分なりの形で仏教の知恵と働く人々を橋渡しする取り組みを行っていますので、そんな視点から今日はお話ができればなと思っております。
- 栗原 :
- 環境教育を展開しているLeave No Trace(リーブノートレースジャパン:以下LNT)の栗原と申します。LNTの常任理事の他にも、国内の間伐材などを活用した木質バイオマスエネルギーのベンチャー企業でもコーポレートデザイン部長を務めております。 過去には登山メディアの編集長を経て、アウトドア専門の求人サービスやキャンプ場をビジネスとして持続可能にさせるために株式会社Recampを立ち上げるなど、アウトドア関連業界を中心にさまざまなことを行ってきました。Recampはすでにバトンタッチしていますが、今は全国に20以上の施設を運営する日本最大級のキャンプ運営会社に成長しています。

- 小池 :
- では最後に、私、小池からも簡単に自己紹介をさせてください。大阪の能勢妙見山というお寺の森で、循環葬®︎「RETURN TO NATURE」という新しい埋葬のかたちを提供しています。誰にでも訪れる死と、森林整備・森づくりを結びつけたサービスです。従来のお墓のように森を切り拓いて更地にした上に墓地をつくるのではなく、森そのものを活かして遊歩道やベンチなどを設けて整備することで、「森林浴がお墓参りになる」という新しい時間の持ち方をご提案しています。 循環葬®︎の大きな特徴は2つあります。ひとつは、火葬後のご遺骨を細かくパウダー状にし、地表の土と混ぜ合わせて森に還す葬法であること。土壌学を専門とする神戸大学の鈴木武志先生と共に壌環境に負担をかけず、微生物や植物の栄養となって自然の循環に命が取り込まれるように設計しました。 もうひとつは、墓標を立てないこと。天然記念物のブナ林に囲まれた美しい風景を守るために、個々人の生きた証ともいえる墓標という「痕跡」をあえて残さない選択をしました。 『DIE WITH ZERO』(ビル・パーキンス著/ダイヤモンド社)という本があります。「ゼロで死ぬ」という生き方を提唱したこの本はアメリカでベストセラーとなり、日本でも翻訳されて話題になりました。循環葬®︎のように自然に還る選択、痕跡を残さない生き方に多くの人が共感する、そんな時代の流れが到来しているようにも感じられます。そのことについて今日は皆さんとお話できたらと思います。

「ここに誰がいる?」という問いかけ
- 松本 :
- 痕跡を残さず自然に還るという考え方の背景について、私が今年参加したダボス会議のお話をシェアしたいと思います。スイスで開催された世界経済フォーラム、通称ダボス会議では大小さまざまな会議が5日間にわたって繰り広げられるのですが、私が特に印象的だったのは公式プログラムにも載っていない、限られたメンバーのみが招待されたClimate and Nature Reflection(気候と自然に関する振り返り会)という非公開の分科会です。 雪山のてっぺんの小屋に30人ほどが集まり、自然と気候変動について深く対話する場だったのですが、そこでファシリテーターを務めたニコルさんという女性が、「この場にどんなステークホルダーを招き、私たちの活動に巻き込むべきか?」と参加者に問いかけたんですね。そこで面白かったのが、「ノンヒューマン・ステークホルダーを加えては?」という意見が出たことです。つまり、動物や植物、山や森といった人間以外の存在から、気候変動を語り直してはどうだろう、と。
- 小池 :
- 面白いですね。循環葬®︎のアドバイザーである鈴木先生もまさに近いことをおっしゃっていました。人間も自然の一部であり1アクターである、特別な存在ではないのだから他の動物と同じように死後は自然に還る形がいい、と。
- 松本 :
- 非常に重要な問いかけですよね。私たちは「この場に誰がいる?」と聞かれたら、人間がいるかいないかでしか考えません。でも実際には木も土も風も、私たちのそばに存在している。人間だけでなく、非人間的な存在とどう共に生きるか。その視点の転換が、これからの社会を形づくる鍵であり、DIE WITH ZEROの思想とも繋がっているように私は感じています。 人間はそもそも動物であり、自然の一部である。そして動物は自分が生きた証を残そうなんて考えていません。そうした感覚を取り戻すこと。栗原さんが常任理事を務めるLeave No Traceの在り方も、そうした世界観と響き合っているのではないでしょうか。

- 栗原 :
- 私は長くアウトドア業界に関わってきましたが、「自然を間借りする」という意識は常にあります。一方で、ビジネスとして自然を活用するとなると、当然そこには収益や効率といった資本主義的な論理が入ってくる。その土地の自然を楽しむための基地を作っている感覚でキャンプ場を設営していたはずが、いつの間にか「キャンプ場を設営する」ことが目的化してしまう。そのことに悩んだ時期もありましたが、LNTのアメリカの公式サイトで「キャンプ場は“つくる”のではなく、“見つける”ものだ」という言葉を知ってからは、意識が少し変化したかもしれません。
- 小池 :
- 人間が自分目線でつくるのではなく、自然の中に「見つける」。それもノンヒューマンの発想と繋がる気がしますね。
- 栗原 :
- もうひとつ、最近は熊の出没が話題になりますが、長野県軽井沢町に「ピッキオ」というNPO法人があります。ピッキオの人たちはクマの匂いや気配を察知する特別な訓練を受けた犬(ベアドッグ)を使ってクマを本来の森に戻す活動をしているのですが、そこのスタッフの方とお話したときに「クマがもともと暮らしていた場所に自分たち人間が暮らすようになったのだから、ゾーニングしているだけなんだ」と言われたことが忘れられません。 人間とクマで空間を分ける。この考え方もまた、「人間中心ではない視点」での自然環境との向き合い方と言えるのかな、と今のお話を聞いて思い出しました。
- 松本 :
- 実際のところ、私たちはどこまで行っても人間以外の感覚はなかなか持ち得ないわけですよね。人間以外の存在にはなれっこないし、どうしたって自分の目線を投影してしまう。だからこそ、そうとしかあれない自分に自覚的であることは大切なポイントなのかもしれません。
文:阿部花恵