日常の延長に、泊まるー「YANE TATEYAMA」|館山

循環葬の森

旅に出る理由は、人それぞれです。

誰もが知る観光地で、非日常の刺激を求める旅もあれば、
いつもの日常から少しだけ足を伸ばし、肩の力を抜いて深く呼吸をするための旅もある。

館山のメインストリート「館山銀座通り」。その表通りと、一本入った静かな裏通りの両方に面して佇むのが複合施設「YANE TATEYAMA」です。

羽を伸ばすためのコーヒーがあり、静かに自分と向き合える本があり、そのまま眠りにつける部屋がある。

そこにあるのは、強烈な非日常感や一過性の高揚感ではなく、日常の少し先にある「延長線上」の居場所です。

故郷で感じていた「根無し草」のような感覚

この場所をつくったのは、館山からほど近い鋸南町で建設業を営む田村さん。

大学進学を機に東京へ出て働き、その後Uターン。地域の中核を担う働きをしながらも、どこか自分がこの土地に根付いている実感が持てなかったといいます。

「地域活動に参加しているものの、どこかフワフワと浮いているような存在だなと。考えてみれば、生まれてからこのかた、本当の意味での『自分の居場所』というものを感じたことがなかったのかもしれません」

まずは、この土地でしっかりと生きている実感を持てる場所をつくる必要があると思ったといいます。それが、誰かの役に立つかもしれない。YANE TATEYAMAの原点には、そんな思いがありました。

転機となったのは、東京・門前仲町にある「YANE」。学生時代の友人で、デザイン会社Hajikamiを率いる谷脇周平さんが手掛けた場所でした。

「まるで彼の頭の中をひっくり返したような、そんな空間だったんです。これをやったら売れるとか流行るとかではなく、自分の好きなように表現しているようで。そのありようを見たとき、『これだ!』と感動したんです。思わず『俺もやりたい』って言ったら、『辛いだけだからやめとけ』って言われましたけど(笑)」

「カセットテープのB面」のような場所

しばらくして、館山で築60年を超える使われなくなったビルに出合います。価格は10万円。「買ってから考えよう」と、田村さんは購入を決めました。

「最初は本屋をやりたいと思っていました。この一角を本屋にして、あとはどうしようかな、というくらいの感じでした」

書店「北条文庫」の選書は田村さんが行い、地域のことを深く知る本や長く読み継がれてきた本を中心に並べる
店内の焙煎機でローストしたコーヒーを味わえる「ALRIGHT COFFEE ROASTERS」
「伝右衛門製作所」では、キョンやイノシシなど、地域のジビエレザーを扱う

現在、YANE TATEYAMAには、田村さんが直営する書店とカフェに加え、テナントとしてレストランやレザー工房が入っています。ただ、最初から計画されていたわけではありません。

レストランは、まだ建物の工事が進む前から「ここでやりたい」と言ってくれた人が現れたことで決まりました。レザー工房も、シャッターが閉まった状態の建物を見て「ここでやりたい」と声をかけてきたそうです。

「今思うと偶然ですね。でも結果として、少し尖った人たちが集まってきた感じはあります」

早く街の風景に溶け込む場所になりたい。けれど同時に、どこか少しだけ違和感を残していたい。

「『うちで全部そろいます』というような、ここだけで完結する場所にしたいわけではないんです。ビジネスの成功や流行り廃りとは少し違う次元で動く、異質な場所としての違和感も持ち続けていたいと思っています」

それぞれの店は個性がありながらも、どこか共通する雰囲気があります。それを田村さんは「カセットテープのB面」に例えます。

「レストランが面している銀座通りがA面だとしたら、本屋がある裏通りはB面。マイナーかもしれないけれど、身の丈というか、自分が始めようとしている商いには合っていると思いました。

世の中のスピードが早すぎてついていけないと感じている人や、どこか尖っているがゆえにここに流れ着いてしまった人たちが、凸凹を埋め合うように集まっているんです」

泊まることで見えてくる、街の時間

建物の3階には、宿泊施設「Room」があります。これは、設計を担当した谷脇さんの提案から生まれました。地元に住む田村さんにとって、最初は「宿泊」という発想はまったくなかったと言います。けれど、結果的に谷脇さん率いるHajikamiとの関わりの中で宿泊という機能が加わり、YANE TATEYAMAは一つのかたちとして完成していきました。

夜は、その土地の食を味わう。
朝早く目が覚めたら、街を少し歩いてみる。
コーヒーを飲んで、本を開く。

滞在という時間の要素が加わることで、この場所の体験は大きく広がりました。日帰りでは「点」だった体験が、泊まることで「線」になっていきます。

「日帰りだと数時間ですが、泊まると夜の街の静けさや朝の光の入り方も感じてもらえるんです。

『明日はここへ行くぞ』と、予定を詰め込む旅行も楽しいですけど、ここでは日常の延長みたいに過ごしてもらえたらいい。

完全な非日常ではなく、日々の日常に接続していくような時間。肩の力が抜けて、呼吸が少し深くなる。それくらいの温度感がちょうどいいと思っています」

チェックアウトのときも、「すごく満足した!」という高揚感より、「なんかちょっといい時間を過ごしたね」という感覚のほうが近いといいます。

街との接点になる場所

館山には宿泊施設はあるものの、街なかで滞在を楽しむ場所はまだ多くありません。だからこそ、この場所が街との接点になればいいと田村さんは考えています。

「観光は用意されたものを見ることが多いですよね。でも、地元の人が楽しんでいることは別にあったりする。そういうものに触れるきっかけになる場所になれればいいなと思っています。

うちに来る人って、その人がこれまでに見た風景や体験をここに重ね合わせることがあります。目の前にあるものだけでなく、その奥にある風景まで想像してしまう。そんな感覚を持った人たちが、この場所の余白を楽しんでくれているのかもしれません」

強烈な目的地ではないけれど、ふと思い出してまた訪れたくなる場所。
YANE TATEYAMAは、訪れた人と街との距離を、静かに近づけてくれる場所なのかもしれません。

プロフィール

田村 仁
YANE TATEYAMA運営。株式会社アクト冷熱工業代表。SCA認定Qグレーダー。

館山駅近くの築60年のビルをリノベーションし、複合施設「YANE TATEYAMA」を立ち上げる。郷土文化や地域資源を生かした文化的な拠点づくりに取り組んでいる。北条文庫ではブックセレクトを自ら手がけるほか、ALRIGHT COFFEE ROASTERSでは焙煎もこなす。

YANE TATEYAMA
住所 千葉県館山市北条 1625-25(📍Google Mapでみる
営業日時 各施設による
ウェブサイト https://yane-tateyama.jp/


文:南澤悠佳
写真:Ayaka Horikawa、本文3枚目のみYANE TATEYAMA提供