「終わらせる」ことで、次へ—古本屋「風六堂」と「風の図書室」が編む記憶と本|館山
——館山・風六堂
古民家の玄関を開けると、本棚や木箱に収められた本、駄菓子や雑貨、そして仏壇が目に入ります。お店を訪れたというより、まるで誰かの家に招かれたようです。
縁側を抜ける風が店の内と外をゆるやかにつなぎ、古本屋「風六堂」には、肩の力がすっと抜けるような時間が流れています。


人の想いを半永久的に保存する
もともとこの場所は、縁側だけの私設図書館「風の図書室」から始まりました。
生涯に一度、一冊だけ。思い入れのある本を寄贈する——。
その人にとって大切な一冊と、そこにまつわる思い出を半永久的に保存する試みは、小川洋子の小説『薬箱の標本』に着想を得たといいます。
「自分にとっての思い入れのある一冊だけでなく、親や親友など、亡くなった方の大切な一冊を寄贈される方もいます。そうした人たちは、故人に対する悲しみからは抜け出したいけれど、その人への思いを持ち続けたいという気持ちがあるのではないでしょうか」
店主の笹木さん自身、人生の前半で家族との別れが続き、生よりも死のほうが身近だったと振り返ります。
「時間とともにさまざまな思いが流れていってしまうことに、どこか寂しさや虚しさがありました。悲しみを抱えた人が次に動き出せるよう、世界のどこか一箇所だけでも、過去のものを置いておける場所、保存しておける場所があったらいいなと思ったんです」
開くつもりのなかった古本屋

風の図書室に寄贈された本には、心を揺さぶられるさまざまなメッセージが書き込まれています。子どもの頃の思い出、亡くなった親へのやりきれない思い、パートナーへの愛……。そこには、単なる本ではなく、いろんな人の想いが重なっていました。
笹木さんは、縁側で風の図書室を営むことに満足していたといいます。
ある日、同じ敷地内のカフェ「MANDI」のオーナーの渡辺さんから「シェア型書店をやってみれば」と勧められました。当初は面倒に感じて一度は断ったものの、渡辺さんはあっという間にワインの木箱で本棚をつくり、シェア型書店を始めることになりました。

「寄贈はなかなか本が集まらないんですけど、売るとなると本ってどんどん集まるんですよ。箱主さんも最初は少なかったので、自分の本も置いて売りました。そうしたら、『本を売るの、楽しいな』と思って。もっと置きたい、もっと売りたいと思うようになり、古本屋を始めることにしました」
箱主と呼ばれる人がそれぞれの棚を持つシェア型書店では、これまでに延べ100人以上が関わってきました。1カ月で売り切って去る人もいれば、長く棚を守る人もいます。ここをきっかけに自分で古本屋を始めた人もいるそうです。

棚ができると、本が集まり、人が集まる。気づけば、その棚は笹木さんを古本屋へと導き、さらに別の誰かを次の場所へと送り出していました。
誰かの記憶の入り口となる場所
風六堂の店内に並ぶのは、人文書や哲学書、詩集、古典といった、すでに長い時間をくぐり抜けてきた本たち。流行の新刊や話題書は、ほとんど置いていません。
「売れないですよ」と、笹木さんは笑います。
「50人に1人でいいんです。これが自分の琴線に触れた、っていう人がいれば」。

風六堂を訪れる人は、本好きばかりではありません。
「本好きな方は、自分の好きな本を見つけて買うんですけど、そんなに本を読むわけじゃない方は、“これ昔読んだことある”って買っていくんですよ」
幼い頃に持っていた絵本。学生時代に読んだ小説。
本を通じて、訪れた人は過去と出会い直します。
「当たり前ですけど、未来とは出会えないでしょう。でも過去とは出会える。あのときの自分はこうだったんだって、振り返れるんですよね。
自分を知るっていうのは、過去にヒントをもらうことになると思うんです。本じゃなくてもいいんですよ。音楽でも、食でも。その人にとっての“何か”があればいい。たまたま私の場合は本だった、というだけで」
留めることと手渡すこと

笹木さんは、本をずっと読んできたけれども「大好きです」と言えるほどではないといいます。
「でも、本当に本が好きすぎる人は、古本屋になれないと思うんですよね。自分が好きな本や『いい本だ』と思う本であっても、売れなければ処分せざるを得ない。商売である以上、そういう場面は避けられません。
多くの本は、そこで役目を終えてしまいます。でも、古本屋を通ることで、次の読者へ引き継がれていく本もあります」
古本屋は、本を集める仕事であると同時に、手放す仕事でもあります。そこには、図書室とは少し違う時間の流れがあります。
「本がまた別の読者に引き継がれていくので、そこに留めるというより、流れていく感じがありますよね」

原点である風の図書室が、標本のように誰かの思いを“留める”場所だとすれば、風六堂はそれを次の誰かへ“手渡す”場所です。一見異なるようでいて、どちらも人の記憶を抱え込みすぎないための営みなのかもしれません。
「自分を『終わらせ屋』みたいに思うことがあります。ちゃんと終わらせるって、すごく難しいことですよね。でも、終わらせられないと次に新しいことを始められない。終わらせるものは終わらせて、次に行けるものは次へ。私は、その手伝いをしているように思います」
ほんの少し心が軽くなって、次へと向かう


取材中、近所の人が縁側の窓を開けて、笹木さんにお土産を手渡していきました。入り口の駄菓子コーナーには、夕方になると笹木さんを「先生」と呼びながら、子どもたちも集まってきます。
本と人がゆるやかに行き交うこの場所で、人は心の重荷をそっと下ろし、ほんのわずかに軽くなって、また外へ出ていく。
縁側には風が通り、本は今日も静かに並んでいます。

プロフィール

笹木千尋
2021年に東京から南房総へ移住し、自宅で私設図書館「風の図書室」を始める。2022年2月、カフェ「MANDI」のオーナー渡辺さんと出会い、「向かいの縁側なら使っていいよ」と声をかけられ、3月に現在の場所へ移転。その後、シェア型書店を経て、古本屋「風六堂」を営む。
風六堂
住所 千葉県館山市北条1808
営業日時 水・木・金・土 11:00~17:00
※仕入れなどにより無人営業の場合あり
https://kazenotoshoshitsu.net/
文:南澤悠佳
写真:Ayaka Hirokawa