森と葬送―森林資源学・石井弘明教授に聞く、世代を超える営み

「日本から森林がなくなってしまうかもしれない……」。
森が育つのに100年以上かかる一方で、人間の活動の影響で失われるスピードは圧倒的に速い。神戸大学で森林資源学を専門とする石井弘明教授は、日本の森の現状について警鐘を鳴らします。
一方で、森の再生と人の葬送という、一見まったく異なる二つの営みに共通する「長い時間の流れ」に可能性も見出します。
100年、200年と世代交代をしながら育つ森。そして、遥か遠い祖先から命を受け継ぎながら、亡くなった人を敬う葬送。
森の現状と、森と人の営みが重なり合うことで生まれる新たな価値について、お話を伺いました。
「自然のまま」で、なぜ森が荒れるのか

森は放っておくと荒れてしまいます。それは、なぜなのでしょうか。
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- 一見すると緑豊かにみえる日本の森ですが、そのほとんどは人の手が入った「人工的な環境」です。
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- 原生林とは異なり、人が一度手を加えた後に成立した二次林や人工林は、土砂災害や山火事といったダメージを受けても、自然には元に戻りません。人が植えた木や外来種が再生を妨げてしまうからです。
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- さらに、過剰に増えた鹿が若木や芽生えを食べ尽くしてしまう食害もあります。人間がシカの餌場だった草原を田畑に変え、ニホンオオカミを絶滅させたことで、シカは森の木々を食べるようになり、頭数が増えていったのです。
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- 樹木の”少子高齢化”が進み、老木が倒れても次の世代が育たない。将来の森にとって深刻な問題です。
失われるのはわずか5年。再生には……?

次の世代が育つまでに、どれくらいの時間がかかるのでしょうか?
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- 大体100年から200年です。たとえば、ブナの寿命は最長400年程度で、100~200年の周期で世代交代をしていきます。一度森が破壊されて再生していく場合も、それと同じくらいの時間がかかります。
気の遠くなるような時間ですね。一方で、森が失われるスピードはどのくらいでしょうか?
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- 国連食糧農業機関(FAO)によれば、わずか5年で日本の面積と同じくらいの森が失われているというデータがあります。世界に目を向けると、森林が再生するスピードに対し、失われるスピードは圧倒的です。
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- 先進国では「森林面積が増えている」といわれることもあります。これは人口増加が止まり、新たな土地開発が進んでいないからです。数字上は増えていても、実際には荒れ果てた森が増えているだけです。
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- 鹿が増えすぎれば、鹿が食べない植物ばかりが育ちます。ほかにも、人間が品種改良した樹木だけが増え、鳥が種を運ぶ木ばかりが広がることも考えられます。生態系のバランスが崩れてしまうと、本来の自然植生が失われていきます。
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- こうした森の変化を把握するには数十年単位の観測が必要です。私自身、恩師から受け継いだデータで研究を続けています。森と関わることは「世代を超える営み」なのです。
森の再生×人の葬送がもたらす新たな可能性

石井教授は、森の再生と人の葬送は「時間軸が似ている」とおっしゃっていました。世代を超えて続く営みとして、両者はいつ、どのように結びついたのでしょうか。
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- きっかけは、at FORESTの小池さんとの出会いです。循環葬®の話を聞いたとき、すごく腑に落ちました。
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- 私は神社やお寺の森で巨樹・巨木の研究をしながら、人間には、壊してしまった自然環境を復元する義務があることを伝え続けてきました。でも「倫理観に訴える」だけでは、なかなか状況は変わりません。
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- そうした課題を抱えていたときにお話を聞いたのが、森に収益をもたらし、その資金を森林保全に充てる仕組みとしての循環葬®です。

特に、どういった点が腑に落ちたのでしょうか?
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- 人間社会には「命のつながりを考える営み」として葬送がありますよね。ご先祖を敬い、自分の子孫を想うことが、樹木の世代交代と結びついたことです。
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- 森林研究に携わっていると、自分が長い長い生物史の中の一部に過ぎないことや、自然の循環に身を置いていることが感覚として身についています。
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- でも、そうしたことに関わらない人が、自分の生まれる前や亡くなった後のような、人間のタイムスケールとは異なる時間軸に想像力を働かせることは難しいのではないでしょうか。循環葬®の自分だけでは終わらないタイムスケールを実感できる点に可能性を感じました。
森の整備も「命のつながり」

先日オープンした千葉・真野寺の森の整備でも、その考え方が表れていましたよね。
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- 千葉・真野寺では枯死した人工林を埋葬エリアとして整えました。
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- 人工林は木材生産のために植樹されており、最後にはすべての木を伐る「皆伐」が一般的です。埋葬エリアでは、以前に生えていた一部の木を残すことで、菌類や土壌の多様性が再生してくる森林に引き継がれます。また、隣接する自然の森を参考にして植える木の種類を選定して植樹しました。
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- 森の整備は、完全なリセットではなく、今までのつながりを生かしながら未来へとつないでいくことが大切です。
100年先の未来を想像する

私たちはどうしても短いスパンで物事を考えがちです。長い時間の流れに身を置くことで、何が見えてくるのでしょうか。
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- 私は自分よりもはるかに巨大で長生きな森を前にすると、「自分という存在が何なのか」を考えます。
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- 御神木が神社にあるように、日本では巨木や巨岩などに神様の存在を見出してきました。研究者である私も、日常的に「人間を超えた時間」と接しているからこそ、「ここには何かいるかもしれない」と強く感じることがあります。
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- 身近なことでいえば、自分の存在の小ささを知ることで、日々の悩みから解放されることもありますね。

100年先を見据えたとき、森と人の営みの重なりから、私たちはどのような生き方を考えていけるのでしょうか。
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- 私たちは便利さと豊かさを追求するあまり、森の再生能力をはるかに上回るスピードで自然を破壊してきました。このままでは、木々が一斉に枯れ、森が再生しない可能性もありえます。それは、日本から森林がなくなってしまう未来も意味します。
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- 個人の尊厳や自分の家族など、それらももちろん大事ですが、人間も含め、すべてのものは自然の循環の一部です。人と森の世代を超えたつながりを意識することで、私たちは再び自然の循環の一部として、謙虚な気持ちで自然と関わっていけるのではないでしょうか。
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- 私の好きな仏教の言葉に「もともと自分のものだと言えるものは何一つないのです」があります。
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- 自分の身体ですら、自分のものではなく、自然へと還っていく。そうした感覚や眼差しを持つことができれば、循環葬®︎と森林の再生のタイムスケールがしっくりくるのではないでしょうか。
プロフィール

石井 弘明
循環葬®︎RETURN TO NATURE森林アドバイザー
神戸大学 農学研究科 教授(森林資源学)
米国ワシントン大学にてPh.D.(Ecosystem Analysis)を取得。北海道大学大学院地球環境科学研究科を経て、神戸大学に着任。森林生態学、樹木生理学を専門に、地域生態系保全、自然林の復元、巨樹の保護、街路樹の温暖化適応などの研究および樹木医の育成に取り組む。
文:南澤悠佳